なんと、あの登山家の野口健さんが、私達のプロジェクトをTwitterでシェアしてくださいました。(野口さん、本当にありがとうございます!!)
多くの方がいいね・リツイートしてくださり、感激です!ぜひTwitterのアカウントを持っている方はいいね・リツイートお願いいたします。
クラウドファンディングの大変さは想像以上で、始めてから改めて実感しました。決して簡単ではないけれど、だからこそ支援してくださったり温かい言葉をかけてくださったりする方には、感動してしまい、どう感謝申し上げれば良いのか分からないほどです!
応援してくださる方が、私達の活動の原動力の一つです。これからも邁進していきますので、見守っていただけると嬉しいです。
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こんにちは、6月に入り少しずつ夏が感じられる季節になりましたが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。現在クラウドファンディングを行なっている、溝添冠乃です。
さて、UWC ISAK Japanでは、昨日卒業式が執り行われました。 プロジェクトネパールの3期生として『プロジェクトロータス』(学校再建プロジェクト)を開始させ土台を作った先輩方がキャンパスからいなくなるのは想像以上に心細く、しかし同時に、私達も先輩方のように頼もしい背中を後輩達に見せなければ、と思いました。そのためにも、このクラウドファンディングプロジェクトを成功させ、学校再建を実現させたいので、ご協力とご支援をよろしくお願いいたします。 これだけでは短いのでもう1つ。 6日前の5月28日はネパール共和国記念日でした。これは2008年の5月28日、ネパールの王政が廃止され共和国となったことを機に設けられた祝日です。ネパールが共和国としてスタートしてからはまだ11年で、結構最近のことなんです!ちなみに、ネパールの正式名称はネパール連邦民主共和国で、漢字では尼波羅と書きます。ご機会があれば、ご家族やご友人との会話の話題の1つとして使ってください。 不甲斐なくも、今まで私たちは最新情報をあまり更新して参りませんでした。しかしこれからは、メンバーチェンジ、プロジェクの開始を機に、こちらのニュースコーナーでは、私達プロジェクトネパールの活動内容や進展はもちろん、ネパールの事も紹介していきます。新メンバー4人で精一杯頑張っていきますので、応援のほどよろしくお願いいたします! クラウドファンディングサイトのリンクはこちらです https://readyfor.jp/projects/projectnepal みなさんこんにちは。現在、クラウドファンディングを行なっています、溝添冠乃です。
今回は多くの方が疑問を持っているであろう、「なぜネパールの支援として教育、その中でも学校再建を選んだのか」をお伝えします。(プロジェクト概要でも触れてはいますが、もう少し詳しいところまで!) 私たちの所属する高校、UWC ISAK Japanには世界各国から生徒が集まっています。宗教・文化・経済状況は人それぞれ。1人として自分と同じ背景を持つ人はいません。授業内でよくディスカッションを行うのですが、自分は思いつきもしないアイデアや異なる視点からの意見は目から鱗で、毎日のように刺激を受けています! 「教育」は世界を変える。 ISAKに入学する前はそんな大げさな、と思っていましたが、今はその意味が身に染みてわかります。実際、この学校に入る前と後では、考え方も物事の捉え方も全く違います。「バックグラウンドに関わらず平等な教育」を受け、教育のありがたみを知る私たちだからこそできることがあるのではないか?教育を施すのではなく受ける立場の高校生だからこそ、見えるものがあるのではないか?という思いから、教育に焦点を当てることにしました。 校舎を再建することは、「今」だけではなく未来をも支援することだと私たちは考えています。物資を送ることはとても簡単です。でもそれらは大概消耗品なので、数にキリがありません。また支援を辞めたとき、そこには何も残りません。それと比べ校舎は、一度建て直せば長く使うことができます。また現在キウン小学校には60名ほどしか在籍していませんが、10年後20年後を見据えると、その学校で勉強する子供達は何百人にものぼるでしょう。さらに耐震性になるため、災害が起こったときには、近隣の方々の命を救います。 ネパールの人々を変えることができるのは私たちではない。 私達(ネパール人メンバーを除く)がいくら教育の大切さを訴えても、ネパールの人々の心には響きません。例えば、私は日本という国に生まれ、食べるものに困ったこともなく、学校へ行くことは当たり前という環境で育ちました。もちろんネパールの現地の人々に歩み寄ることはできますが、私と彼らの溝を完璧に埋めることはできません。それは私の軸は日本であり、私の「当たり前」を構成するのもまた日本だからです。逆もまた然り。私達の話をネパールの人々は聞いてくれるでしょう。しかし彼らの心の根底には、「自分たちとは違う」という思いがあり、それを払拭することはとても難しいことです。 だからこそネパール人のリーダーを。 自分と同じ境遇で育った人が教育の力で道を切り開いたとき、初めて彼らは教育の大切さを理解するのではないでしょうか。私たちはネパールの方々の持続可能な生活のサポートとして、1人でも多くの子供達が勉強できるよう学校を再建します。それが彼らの豊かな生活、そしてネパールを発展させるリーダーの育成につながることを願っています。 長くなってしまいましたが、こういう経緯で現在学校再建プロジェクトに取り組んでいます。この記事を通して、みなさんに私たちのプロジェクトをより深く知っていただけたら幸いです。あと86日、まだまだ頑張っていきますので、よろしくお願いいたします!! クラウドファンディングサイトのリンクはこちらです。 https://readyfor.jp/projects/projectnepal?fbclid=IwAR3XJ1ITS0HcdN7S_AgIxAba2CJHFYvGBiKk9HTQRNhy1C-9bSHkJI99mGM ご報告が遅れてしまいましたが、プロジェクトネパールはメンバー交代を終え、本日の5月24日より、クラウドファンディングサイトReady Forさんにて、学校再建プロジェクト「プロジェクトロータス」を開始いたします。
ファウンドレイジングサイトのリンクはこちらです。 https://readyfor.jp/projects/projectnepal… 期間は本日5月24日から3ヶ月間(90日後の8月22日まで)です。 「プロジェクトロータス」の発足から、このクラウドファンディングを始めるまで、多くの障害がありました。困難に見舞われても、諦めることなくここまで頑張ってくることができたのは「ネパールの子供達に教育を」という変わらぬ熱意があったからであります。 今までISAKプロジェクトネパールをご支援してくださった皆様、気にかけてくださっている皆様のおかげで、今回もこうして新しい一歩を踏み出すことができ、大変嬉しく思います。 私達も今まで以上に意欲的に活動していきますので、ご支援のほどよろしくお願いいたします。 プロジェクト開始から2年の月日をかけてついに、9月11日現地へ寄贈されました。
まず、ご支援いただいたドナーの皆様、軽井沢ロータリークラブの皆様、トイファクトリーインターナショナルの皆様そして在ネパール日本大使館の皆様に心より御礼申し上げます。 昨年末に日本政府の政府開発援助(ODA)の支援対象として選ばれたことから不足資金分を補うことができ私たちにとっても大きな挑戦となったプロジェクトでした。ドナーの皆様からの寄付金は今後Dr.Car運行後の不足備品や燃料代などに使わせていただきます。また、配車予定のプルクマリ記念病院と月に1回の活動報告書を提出してもらうことも合意いたしました。よって必要な物資や資金を無駄なく的確に供給することが可能となります。 ISAK’s プロジェクトネパールは「継続した支援」こそが今後のネパールの復興また向上につながると考えています。Dr.Carを送るだけで完結するのではなく、地域コミュニティーに医療を十分提供することを目標に今後もDr.Carプロジェクトは進みます。 以下はプルクマリ記念病院院長のインタビュー日本語訳です。合わせてご覧ください。 https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=1119483228227289&id=457161001021145 「日本政府のドクターカーに対する資金提供に感謝いたします。若いISAKの生徒たちによる発足とビジャイ・リマールとの共同作業があったからこそ可能になりました。医療機関が市民にとってよりアクセスしやすいものにする良ききっかけになると思います。このドクターカーは主に通院することが困難な患者の方々のために使われます。もし道路が政府によって整備されたなら、さらにたくさんの人が助かるでしょう。」 『一枚の写真は1000の言葉を語る』とあるように私に任された仕事は写真をとる事でした。ネパールに着く前までは簡単な仕事だと思っていましたが、キウン小学校のインタビューでその考えが変わりました。破損した壁や学校と地域をつなぐ整備されていない道を見た瞬間、思わずシャッターをきる私の手が止まってしまいました。
そして小学校での交流が始まり、撮影許可をコミュニティーの皆様にいただきました。しかしどの写真もなぜか外国人というレンズを通して写っている写真に見えてしまいました。そんな違和感を覚えていると、ふと私の学校UWC ISAK Japanでの授業が頭をよぎりました。歴史の授業では、写真は個人の記憶による曖昧さやバイヤスを払拭し、事実を伝える役割を果たします。しかし、フィルムの授業では、フォトグラファーの観点から映し出しメッセージを伝える、いわば全てが事実でなくてもいいのです。 そして、私はプランを変更しその日あった出来事を動画として撮る事を決めました。よりメンバーのリアクションに注目することにより、地域の方々とのコミュニケーションをとろうとするメンバーの姿を捉えることができました。その中で、人間同士の信頼関係や結束力を見ることもできました。レンズの先では、みんな自然と笑みを浮かべていました。もうそこには外国人という色眼鏡も隔たりもなくなっていたのです。 『私たちは医療と教育にフォーカスした高校生9人で成り立っている震災復興支援団体です』この紹介をするたびに、私は『本当に個性的なグループだなあ』と思います。高校生が主体で活動している団体は少なく、時には真剣にとってもらえない時もあります。例えばミーティングをセッティングするときもこれが壁になるときがあります。そして、私たちは『自分たちで行動できるグループだ』ということを説得しなければいけません。ミーティングでも顧問の先生がリードするのではなく、自分たちで進行していきます。特に事前準備には力を入れているので、より踏み込んだ議論ができます。同時に私たちも他団体同様、考え抜いたプロフェッショナルでなければいけません。これが今では当たり前に意識できるようになってきました。大人の方が若い世代に与えられる影響は大きいことは当然ですが、ISAK’s プロジェクトネパールを通して、同世代に私たちが影響を与えることもできることを学びました。私たちは「若い力でも世界を変えることができるんだ、ということを証明する」をモットーに今日も頑張ります。
シュリー・マンガル・デゥヴィップ学校、別名SMD寮制学校はトラング・リンポチェによって創立され、シャーリー・ブレアによって30年間運営されて居ます。UWC ISAK Japanのネパール生徒7名のうち5名の出身校であり、来年にはさらにもう一人の生徒がSMDより入学予定です。特にUWC ISAK JapanとSMDとは、学校のミッションとビジョンにおいて共通の考えを持っています。
私たちがISAK’s Project Nepal初代メンバーと初めてカトマンズを訪れた時、SMDの生徒たち、そしてヒマンシュ・ブルテルとブルテル家に力を貸していただきました。ロジスティックスな部分を助けていただいたおかげで、メンバーはプロジェクトに集中することでき、視察がより有意義なものになりました。 2018年度の視察では、卒業生、元メンバーとSMDの生徒たちにお手伝いしていただきました。SMDの校舎は2015年の大地震からようやく再建設が終わり、今は教室、食堂、図書館、事務、そして舞台として使われています。多くの建物が崩れた中、変わらないものもありました。それは、SMDの先生の子どもたちに対する愛情と、子供たちの熱情でした。 夏の日差しに焼かれ、モンスーンで破損しそうなブリキ板で作られた、仮校舎のSMDに初めて私が訪れた時も、愛に溢れたこの環境に感動したのを覚えています。この時はちょうどISAK創立から2年目がたち、どのようにISAKで家族のような独自の環境を作り出すか試行錯誤していました 。 学校の独自性を作り出すために校長の役割がどれだけ重要であるかが、 シャーリーの努力する姿から感じ取れました。彼女が幼児達に歯をきちんと磨いているのか尋ねているところや、忙しい中時間を割いて卒業生のUWC Nordicでの体験に耳を傾けている姿勢などから、彼女がどれだけこのコミュニティーに愛情を注いでいるかが見て取れました。 UWC ISAK Japanは、私たちの精神をいつも体現してくれている、多くのSMD出身生徒を育成してくれたシャーリーにとても感謝しています。現在ISAKにはSMDからラモー・ペマ・ドルマの3人の生徒が在籍しております。ラモーは動物保護を実践するためミートレスマンデイ(お肉を食べない日)を企画し仏教的観点をコミュニティーに紹介したり、ペマは演劇部を指導者なしで成長させ、今は学校行事において必要不可欠な司会者となり、ドルマはいつもみんなに笑顔で手を振り幸せを広げながら、先生方の子供の面倒を見てくれるよいベビーシッターとなっています。このように、生徒たちはキャンパスに光を灯し続けており、ISAKにおいて欠かせない存在となりました。 UWC ISAK Japanがまだ自身の学校文化を模索していた時に、どうしたらSMDのような愛情あふれる共同体になれるかを学ぶことができました。UWC ISAK JapanコミュニティーからSMDに対して継続した支援を通し、この感謝の気持ちが伝えられたらと思っています。 ネパール視察4日がすぎ、だいぶネパールの暑さと時折降るスコールになれてきました。今日は学校再建築プロジェクト(プロジェクトロータス)の対象であるキウン小学校を訪問しました。キウン小学校までの道のりは想像をはるかに超える泥、岩そして川に阻まれ2時間かかりようやく到着しました。到着してすぐに子供たちの温かい歓迎をうけ、校長先生及び保護者の方々と交流を持ちました。話しているうちに生徒たち、そして先生方も様々な事情で学校にきていることがわかり、自分たちの境遇とかけ離れていることに動揺を隠せませんでした。
ー私は夫となる人が迎えにくるのを待っている間に、アシスタントとして学校で働いていますー 語ってくれたのはまだ10代のあどけなさが残る少女。彼女は強制結婚に直面していました。 学校といっても教室に電気は通っておらず、電球ひとつありません。壁は半壊している部分が多く目立ちます。机や椅子といった基本的な家具でさえも、使えるといった状態ではないものが大半です。飲み水や上下水道の整備も乏しく、私たちが持って行ったミネラルウォーターを子供たちに配るほどでした。 教育が変えうる子供達の未来と、ネパールの次世代に与えることのできるインパクトを実感できました。 私たちのプロジェクトは学校再建設ですが、建物のみにこだわるのではなく、その先の教育水準向上及び、生徒数上昇に努めるのが最終ゴールであるということをメンバー全員で再認識できる訪問となりました。 日本に半年住んだ後にネパールを訪れてみると、そこはカオスを極める騒音のすごい交通やどこにでもあるモモ(ネパールの餃子のような食べ物)カフェなど全くの異世界でした。その中でも、キウン小学校に訪れた際が最もかけ離れていると思った瞬間です。山の上に位置するキウン小学校は天候によって着くまでの時間が左右されます。崖のすぐ横を通る道は、崖そのものよりもより怖く感じました。いくまでも大変だったのですが、帰りもゲリラ豪雨のため車が泥にはまり動かなくなったり、川でエンジンをを浸してしまったりと想像を絶する過酷さでした。しかし同時に、このような場所はネパール全土でみることができ、そこには人々が住んでいるのだということを実感しました。村の子ども達は雨が降っても、足元の悪い道を歩き学校までいきます。そんな人々を私たちが支援しようとしているのだということを肌で感じた日でした。
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